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キュレーションの構造と目的について

キュレーション 芸術とはなにか

以前も書きましたが、キュレーションを単純化すると

①「うわ、なにこれ?」
②「あれ? これをアーすればコーなるんじゃないか?」
③「ねえちょっとみてよ!これ凄くない?」

みたいな感じなんだと思うんです。
それぞれ別々には書いたのですが、ここらでこのキュレーションの構造についてさっとまとめてみたいと思います。

前提まとめ

私達の最大の目的は生存し続けること。

そのためには子供をたくさん作って個体数を確保する必要がある。

個体数を確保するためには、より広い安全な場所(ナワバリ)が必要。

安全な場所(ナワバリ)を広げるためには、現時点では安全ではない場(未知)に飛び込んでいかなければならない。

個々が場当たり的に飛び込んでいくのもいいけれど、仲間と協力して周辺の情報を収集し、共有した方が有利。

つまり私達はナワバリを拡張するために、この「地球という圧倒的な未知」の情報を分業することで収集し、検証しているのだということ。この活動は人の生存戦略に基づいた本質的なモノなので、すべての個体は例外なくこの活動に参加している。この身の回りの情報を収集し、編集し、共有することをキュレーションという。

そうやって収集された情報を共有する為の「ネットワーク」の事を社会という。そしてそのネットワークの範囲内に蓄積した「その場で合理的に生きていくための方法(の体系)」を文化という。

そのネットワーク(社会)は、大きさや質の違いによって家族・友人・クラスメイト・社内・思想信条及び趣味のコミュニティ・業界・自治体・国家・人種・グローバル空間・人類などと、その名称を変える。

現在ではその最も広く薄いネットワークは実質地球全域に及んでいる。そのネットワークのことをグローバル空間といい、そのグローバル空間というネットワークの成熟度が上がっていく様をグローバリゼーションという。

①「うわ、なにこれ?」/リベラル・アーツ

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①は対象を理解するために、データベース(脳内)を検索するということですね。

私たちは何かしらの対象を見ているときに、無意識のうちに脳(記憶/データベース)の中から互換性のある情報を引き出しており、対応する情報が無かったり少なかったりするとその対象に新しさや新鮮さ(又は恐怖)を感じるようになっているんです。

同じように、人類にとっての「未知」を知覚するためには、今までの歴史をそれなりに知っておかなければなりません。

人は地球という「よく分からない場所」の情報を収集して記録するという活動を生存戦略的に行っており、この活動によって既知のデータベース(歴史)を構築することに成功しています。そしてこのデータベースへ収集した未知を登録し続ける、というのが人特有の生存戦略なわけですが、前述したとおり「何が未知なのか」を知るためには既知のデータベースを検索しなければなりませんよね。

この既知のデータベースにアクセスする上で、最低限知っておくべき基礎知識(及びそれらをまとめたカリキュラム)をリベラル・アーツというのです。

②「あれ? これをアーすればコーなるんじゃないか?」/イノベーション

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②は対象(未知)をデータベース(引き継いできた既存の文脈)の延長線上に位置付け、コピーした上で自分なりのアレンジを加えてみるということです。この工程をここではイノベーションとよんでいて、これは「既知のデータベース(歴史)へ未知を登録し続ける」という人の生存戦略に基づいた本質的な活動でした。

例えば、誰だって日常生活の中で急に「面白いアイディア」みたいなモノを閃いたりすることってありますよね。
これってようは「自分の経験という文脈の延長線上に何かしらの発見を積み上げた」ということであり、これだって自分の人生という文脈の延長線上に未知を登録してるという意味で、構造的には立派なイノベーションなんです。

ただ、その文脈というのが個人の経験である以上、その閃き(イノベーション)の有効さや新しさを感じるのは自分一人なのだということ。よってこのイノベーションは、個体の人生という私的な文脈を豊かにする私的なイノベーションなんです。この記憶や学習に相当する機能というのは多くの生物(哺乳類以外はよくわかりませんが)にも見られるので、生物の基本的な型のようなものなのかもしれません。

いっぽう私達人類は生存率を上げる為にこの地球という「よく分からない場所(モノ)の情報を収集して編集し、記録して共有する」という活動を世代を越えて行っており、この活動によって公的なデータベース(いわゆる歴史)を立ち上げることにも成功しているんですよね。

そしてこの公的データベースを更新するには、「私がどう思うか」ではなく、「私達がその対象をどう思い続けてきたか」を踏まえた上で、その文脈の延長線上においていかに新しい発見や解釈を積み上げることできるか、という個体の視点を超えたメタ視点に立たなければなりません。

ざっくり言えば、自分の料理のレパートリーを増やすことと、全く新しい料理を作り出すことは違うよねってことです。

このように私的データベースと公的データベースの違いはあるにしても、とどのつまりイノベーションというのは「引き継いできた既存の文脈(既知のデータベース)を踏まえた上で、その延長線上に新しい成果(発見や解釈)を上書きする」という活動のことを指しています。

③「ねえちょっとみてよ!これ凄くない?」/プレゼンテーション

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③はアレンジしたモノの有用性を提案し、既知のデータベース(主に公的データベース)への登録を促すということです。この工程をここではプレゼンテーションとよんでいて、「自分だけが持っている材料で作ったモノ」から「みんなも持っている材料でも作れるモノ」に変換する作業のことでした。主に上で書いたような公的データベースを更新する際に必要になってくる行程です。

イノベーションとはなにか』でも書きましたが、誰だって日常的に何かしらの文脈の延長線上に自分なりの解釈を上乗せしている、すなわちイノベーションしているんです。

ただ、だれもが日常的に行っている本質的な営みだからこそ、自分勝手な解釈を「私達の文脈(公的データベース)」に上乗せしたりしているパターンって結構あるんですよね。学者や起業家、芸能人などにたいする誹謗中傷なんかも概ねこれにあたります。

「自分自身の文脈(私的データベース)」に自分勝手な解釈や思い込みを積み上げるのは個人の自由ですが、「私たちの文脈(公的データベース)」に何かを積み上げようとするのであれば、その文脈を共有している構成員が納得するであろう理屈もセットで提出しなければなりません。インプット(自分がどう感じるか)に口を出される筋合いはないけれど、アウトプット(キュレーション)には口を出されるんです。

つまり、自分の考えを公的データベースに共有したいのであれば、「自分だけの理屈」から「集団も理解可能な理屈」に変換した上で共有しなければならないという当たり前の話ですね。この行程を、ここではプレゼンテーションとよんでいます。

最後に

例えばTwitterにアクセスし(リベラル・アーツ)、書きたいことを書き込み(イノベーション)、ツイートすることによってタイムラインに投稿する(プレゼンテーション)ことだって、突き詰めれば人類の生存戦略に基づいた本質的な営み(キュレーション)なんです。

上手いことフォロアー(という社会)の既知に未知(自分の考え)を結びつけ、フォロアーの既知を拡張させる(何かしらの発見や気づきを促す)ことができれば、その有用な未知(ツイート)は拡散され、フォロアーという「自分が情報をキュレーションできる社会」の領域が拡張する。

私たち人の個体は「自分で自由に収集してきた情報を、自分が所属する社会に共有する」という活動を継続的に行うようにプログラムされています。そしてこの活動によって既知のデータベース(公的)が立ち上がり、私たちはこのデータベースから情報をちょいちょい引き出すことによって、複雑な地球環境により高い精度で適応できるようになりました。
つまり、人の生存戦略における当面の目的というのは「この地球という未知なるモノの色を既知に塗り替えること」なんです。

そして、この目的を達成するために地道に行われている活動(情報の収集・編集・記録・共有)の総称を、キュレーションというのです。