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「芸術とはなにか?」についての基本的なおはなし

※内容が今考えている事と少しズレてきているので、近々リライトする予定です。

 

芸術とは?

ウィキペディアで調べると

『ウィキペディア日本語版』最終更新 2015年1月31日 (土) 16:01
 芸術(げいじゅつ、希: η τεχνη、 techné、羅: ars、英: art)とは、表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動。文芸(言語芸術)、美術(造形芸術)、音楽(音響芸術)、演劇・映画(総合芸術)などを指す。藝術の略式表記。

 ギリシャ語の「τεχνη techné(テクネー)」やその訳語としてのラテン語の「ars(アルス)」、ドイツ語の「Kunst(クンスト)」などは元々は単に「人工(のもの)」という意味であり、元々「技術」という訳語が当てられるものであった。

みたいなかんじです。

ネットで調べても


* 芸術っていうのは、物事に対する新しい解釈を提示することだ 
* アートとは未来へのヒントになるもので、なぜか感動してしまうもの
* 生きているということ、それ自体が芸術なのです
* アートなんて金持ちの道楽でしょ 
* 現代アートなんて自称芸術家の自己満足にすぎない

 

じゃっかん恣意的ですがこんな具合。

 

芸術(アート)って前提となるルールがはっきりしていいないので人によって言っていることがバラバラだし、なおかつ抽象的で解像度が低いんですよね。だからいつまでたっても多くの人にとって「なんだかよくわからないモノ」なんだと思うんです。

先出ししておくと、芸術作品とは「よくわからないモノ(未知)をわかるモノ(既知)に接続する方法」を結晶化したモノのことであり(よって物質であるかどうかは問題ではない)、その体系(つまりその方法の一つ一つ)が芸術であると、ここではそう考えています。

 

ちなみに「抽象的で解像度が低いわりに多くの人が知っている概念」というのは芸術以外にもいくつかあって(宗教とか教養とか霊とか美とか才能とか)、そういった概念には「階層が整理されずにごっちゃに語られている」という共通点があるんです。

ものごとには階層がある

例えば食文化について話し合う場において、「私は寿司が嫌いだから、和食は文化ではないと考えている」みたいな発言をしても、言うまでもなく誰にも相手にされませんよね。しかし、残念ながら芸術(主に現代アート)ではこのレベルの議論が(難しい言葉を散々使う割に)横行しているんです。

つまり芸術という概念は、食文化でいうところの食欲・料理・和食・寿司という様な階層が整理されずに語られてしまっているのだということ(そこには発見・編集・体系・個体という階層の違いがある)。

このようにどの階層に立脚して捉えるべきか定かでは無い対象(逆に言うとどの階層からも接続できてしまう概念)は、いろいろな意見が階層をまたいで語られてしまうので、基本的によくわからなくなってしまいます。

例えば環境問題は人類全体が共有している階層の高いお題なので、個人の自分勝手な意見(「空気なんていくら汚しても関係ないっしょ」みたいなやつ)が多くの支持を集めることはありません。しかし、芸術は階層が整理されていないので、「あんなもん金持ちの道楽以外のなにもんでもねぇよ」というような個人的な解釈がそれなりの支持を集めてしまうんです。

対象を見る上での価値基準が人によって違うのは当然だとしても、それをそのままに議論していては人類全体の共有知というモノを編集することは出来ません(自分が食べたいモノを主張し合っているだけでは食文化は立ち上がらない)。

それを解決する為には個人の基準よりも高い次元で物事を捉える(「今この場で合理的に調達できる食材及びその調理法とは何か?」)必要があり、それを可能にする為にはまず立脚するべき階層を整理しなければならないのです。

芸術の階層

人間が生物であり、生物(というか遺伝子)の最大の目的が「生存し続けること」である以上、地球上という限定的な領域における生物の生存戦略と芸術が無関係であるとは考えられません。芸術作品に意味があるかどうかはわかりませんが、「芸術的行為をしてしまうこと」自体には生存戦略的な意味(又は機能)があるはずなんですよ。
よってまずは階層を整理し、進化生物学的視点から芸術という概念をとらえ直せば、芸術関係者はもちろんのこと、自分には関係ないと思っているような外部の人々にも芸術という概念を開くことができるのではないかと、そう考えています。

ちなみに芸術の階層を先出ししておくと

* 好奇心
* 教養(一次創作・個人のデータベース)
* 文化(二次創作・集団のデータベース)
* 芸術(n次創作・人類のデータベース)

となります。
本作品ではこれらの階層をそれぞれ個別に設定し、その為の補助線も引きながら芸術という概念の意味をわかりやすく記述することを試みます。 

薄い仮説に説得力を積み上げる 

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地球環境というのは常に変化し続ける複雑な世界なので、地球の「設定上」絶対的な真理みたいなモノは(残念ながら)存在しません(地球や宇宙が「全く動かないもの」であれば存在したかもしれません)。

「その場、その瞬間」に対応する為の方法を編集する事で「限定的に」世界に対応し、その方法が時間の流れや条件の変化によって機能しなくなったら補修したり再構築したりすることでなんとか生きながらえてきた、というのが私達の歴史です。

つまり、地球上でより安全に生きていくためには「たとえ間違っていようがひとまず仮説を立てること」が必要で、その仮説をその場のみんなで検証することによって「今機能するであろう方法」が編集されると。

例えば1+1が2かどうかなんて誰が決めたんだって感じですが、少なくとも現在の人の世界はそれを前提に設計されています。

面倒な言い方をすれば、この1+1=2だって間違っているかもしれない仮説の一つでしかないけれど、そんなこと言ってても何も始まらないのでひとまずそう「設定」した上で色々考えてみましょうか、というのが学問(このよく分らない世界で生きて行く為の方法やパターンを検証したモノ)の基本だったりします。

最後に

ここまで書いてきたような事を土台にするので、基本的にここでは曖昧で未検証な内容であったとしても、説得力が積み上がりそうであれば積極的に採用します。つまりそれなりにフィクションを含む内容であったとしても、それをフィクションとしては扱わないかもしれませんので、予めご了承ください。